
「春眠暁を覚えず」という言葉があります。春の夜は心地よく、夜明けになっても眠り続けてしまうという意味の漢詩の一節で、春はよく眠れる季節というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。ところが、実際のデータを見るとまったく逆の結果が出ていることが、近年の研究で明らかになりました。春は冬よりも睡眠時間が短くなる傾向があるというのです。古くから親しまれてきた言葉と科学的なデータの間にあるギャップ、今回はその謎を掘り下げてみます。
2021年にマッティングリーらが行った研究では、200名以上の参加者に1年間ウェアラブルデバイスを装着してもらい、睡眠を継続的に計測しました。毎日の睡眠データを季節ごとに分析したところ、春の睡眠時間は冬と比べて約25分短いという結果が出たのです。25分という数字は一見小さく感じるかもしれませんが、毎日積み重なれば1週間で約3時間、1ヶ月では10時間以上の差になります。慢性的な睡眠不足につながりかねない、無視できない差です。
では、なぜ春になると睡眠時間が短くなるのでしょうか。その主な要因として挙げられているのが、起床時刻の変化です。冬から春にかけて、日の出の時刻は少しずつ早まっていきます。朝の光が早い時間から差し込むようになると、体内時計がその光の変化を感知し、体内リズムが前に進んでいきます。その結果、目が覚める時刻が自然と早まるのです。
興味深いのは、就寝時刻にはほとんど変化が見られなかったという点です。つまり、寝る時間は変わらないのに、起きる時間だけが早まることで、睡眠時間が削られていくという構図になっています。春の朝、なんとなく早く目が覚めてしまうという経験をした方は多いと思いますが、それは意志の力でも習慣でもなく、日の出の変化に体内時計が反応した結果だったのです。
人間の体内時計は、光に非常に敏感です。朝の光を浴びることで体内時計がリセットされ、その約15〜16時間後に眠気が訪れるというサイクルが形成されます。春になって日の出が早まれば、体内時計のリセットも早い時間に行われるようになり、自然と目覚める時間も前倒しになっていきます。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、知らず知らずのうちに体内リズムを書き換えているのです。
この仕組みを知ると、春の朝に早く目が覚めてしまうことへの見方が少し変わるのではないでしょうか。「なぜこんなに早く目が覚めるのだろう」と不思議に思っていた方も、体が季節の変化に正直に反応しているだけだとわかれば、少し納得できるかもしれません。しかし一方で、睡眠時間が短くなっているという事実は見逃せません。日中の眠気や集中力の低下、気分のムラなどが続くようであれば、春の睡眠不足が影響している可能性があります。
対策としてできることのひとつは、就寝時刻を意識的に早めることです。起床時刻が早まっているのであれば、それに合わせて寝る時間も前にずらすことで、必要な睡眠時間を確保できます。また、遮光カーテンを活用して朝の光が入りにくくすることも、体内時計への刺激を和らげる方法のひとつです。春だからといって睡眠時間が減っても仕方ないと諦めるのではなく、季節の変化に合わせて睡眠環境や生活リズムを柔軟に調整していくことが大切です。