
「よく噛んで食べなさい」と言われた経験がある方は多いのではないでしょうか。
噛むことの健康効果はさまざまに語られてきましたが、実は「睡眠にも関係している」可能性があることが研究から明らかになってきました。そのカギを握るのが、噛むときの「リズム」です。噛むことと睡眠の関係を理解するために、まずセロトニンという物質について触れておきます。セロトニンは脳内で働く神経伝達物質のひとつで、気持ちを安定させたり体のリズムを整えたりする役割を持っています。
2005年にモーリらが行った研究では、20分間リズミカルにガムを噛んだあと、血中のセロトニン濃度が約8%上昇しました。セロトニンは睡眠にとって大切な物質であり、このことから噛むという行為が睡眠に関係する可能性が示されています。
なぜリズミカルに噛むことがセロトニンに影響するのでしょうか。ウォーキングやランニング、リズミカルな呼吸など、一定のリズムで繰り返す運動そのものがセロトニンの活動を活性化させることが知られています。噛むという動作も、このリズム運動のひとつに当てはまります。特別な運動をしなくても、食事のときに意識的にリズムよく噛むだけでセロトニンの働きを後押しできる可能性があるのです。
セロトニンと睡眠のつながりはさらに深いところにあります。日中に体内で作られたセロトニンは、夜になるとメラトニンという物質に変換されます。メラトニンは眠気を引き起こして体内時計を整える役割を担っており、昼間にセロトニンがしっかりと作られることが夜のメラトニン分泌の土台になるのです。日中の噛む習慣が、夜の眠りを支えることにつながっているといえます。
ただし注意が必要な点があります。この研究が示しているのはあくまでも「リズミカルに噛む」ことによるセロトニンへの影響です。たくさん噛めば噛むほど眠れるというわけではなく、噛む回数や量よりもリズムよく噛むという質の部分が重要なのです。「噛む回数を増やせば睡眠が改善される」と誤解されがちですが、噛む多さが睡眠につながるというわけではないことも理解しておきましょう。
日常生活の中でリズミカルに噛む習慣を取り入れるためのヒントとして、食事中にテレビやスマートフォンを見ながら食べるのをやめてみることが挙げられます。画面に集中していると噛むことへの意識が薄れ、早食いになりがちです。食事に集中してゆっくりとリズムよく噛むことで、セロトニンへの働きかけだけでなく消化の改善や満腹感の向上といった効果も同時に期待できます。またガムを噛む習慣がある方は、リズムを意識しながら噛んでみることも手軽に取り入れられる方法です。
眠りの質を改善しようとするとき、多くの方は寝る前のルーティンや寝室の環境に目を向けがちです。しかし日中の食事という何気ない習慣の中にも、夜の眠りを整えるヒントが隠れていました。リズムよく噛むというシンプルな意識が、セロトニンを介して夜の睡眠を支える可能性があることを、ぜひ今日の食事から意識してみてください。